女子フィギュアスケート選手の「三原舞依」選手は、難病を乗り越え、2017年の「四大陸選手権」にて、シンデレラのプログラム優勝を果たしました!

このシンデレラストーリーから、「氷上のシンデレラ」と呼ばれるようになり、その後の活躍に多くのフィギュアスケートファンから注目を集めています!

今回は、そんな「三原舞依」選手について、出身高校大学三原舞依選手の難病三原舞依選手の経歴というキーワードで、詳しく調べてみたので、ご紹介していきます!

スポンサーリンク

出身高校大学はどこ?

出身高校大学はどこ?ということについて、下記にご紹介していきます!

三原舞依選手は、小学2年生の時に、テレビで観た「浅田真央」選手に憧れて、フィギュアスケートを始めたそうです!

そんな三原舞依選手について、どのようなフィギュアスケート選手なのかを知ってもらうため、プロフィール出身高校はどこ出身大学はどこという流れで、エピソードも交えながら、下記に精しくご紹介していきます!


三原舞依,女子フィギュアスケート

プロフィール

プロフィールということについて、下記にご紹介していきます!

三原舞依,女子フィギュアスケート


   名前:三原 舞依(みはら まい)

 生年月日:1999年8月22日

  出身地:兵庫県神戸市

  血液型:A型

   身長:156cm

   趣味:ショッピング、音楽鑑賞、けん玉
      スケート鑑賞、写真

所属クラブ:シスメックス

引用元:Wikipedia
参考元:日本スケート連盟

上記が、三原舞依選手の簡単なプロフィール情報となります!

三原舞依選手の家族構成は、父親母親4家族となります!

そして、スケート鑑賞趣味とは、それほどスケートが好きであるということが伝わってきます!

さらに、所属クラブシスメックスには、「坂本花織」選手も所属しています!

なお、三原舞依選手が1歳年上となりますが、お揃いもモノを買ったりお互いの誕生日にプレゼントを贈り合ったりしているようです!

さらに、お互いを「かおちゃん」、「まいちゃん」と呼ぶ合う大親友だそうです!


三原舞依,女子フィギュアスケート,大親友,坂本花織

出身高校はどこ?

出身高校はどこ?ということについて、下記にご紹介していきます!

三原舞依選手の出身高校は、「兵庫県立芦屋高等学校」となります!


三原舞依,女子フィギュアスケート,高校時代

この高校は、1940年創立の神戸県芦屋市にある公立の高等学校であり、略称は、「芦高」というそうです!

同校は、サッカー部ヨット部カヌー部ラグビー部強い学校であり、関西の難関私立大学合格者を多く輩出しており、学力的にも高い学校のようです!

同校出身のフィギュアスケーターは、三原舞依選手だけですが、スポーツ界などに多くの著名人を輩出しており、サッカー元日本代表監督の「加茂周」さんが有名です!


三原舞依,女子フィギュアスケート,高校時代

出身大学はどこ?

出身大学はどこ?ということについて、下記にご紹介していきます!

三原舞依選手の出身大学は、「甲南大学経営学部」となります!


三原舞依,女子フィギュアスケート,大学時代

三原舞依,女子フィギュアスケート,大学時代

三原舞依選手は、「甲南大学経営学部」に指定校推薦合格し、入学したそうです!

指定校推薦は、推薦できる生徒人数も決められていますし、学校での成績がある程度良くないと推薦枠にも入ることが出来ません。

そのため、三原舞依選手は、フィギュアスケートの練習と学業を見事に両立していたのだ思います!

フィギュアスケートは海外などで大会があるので、授業への参加が出来ない時があったり、テスト勉強の時間を作ることもなかなか大変だったと思います!

上記より、三原舞依選手は、本当に努力家で真面目な性格なのだと思います!

スポンサーリンク

三原舞依選手の難病とは?

三原舞依選手の難病とは?ということについて、下記にご紹介していきます!

三原舞依選手が抱えていた難病指定の病気とは、「若年性突発性関節炎」という名前の病気となります!

そして、この病気を発症したのは、2015年のジュニアシーズンの時期だったそうです!

下記に、簡単に「若年性突発性関節炎」について、ご紹介していきます!

若年性特発性関節炎」 (Juvenile Idiopathic Arthritis:JIA) は、16歳未満の子供に起こり、原因が分からず、関節炎の症状が6週間以上続く病気です。

また、子供のリウマチ性疾患の中で最も多く見られる病気であり、以前は、「若年性関節リウマチ」と呼ばれていました。

なお、「若年性突発性関節炎」は、その症状から大きく「全身型」、「小関節炎型」、「多関節炎型」の3つに分類されます。

ただし、早期治療を行うことで、健康な人と同じように不自由なく生活仕事ができる状態、もしくは、多少の障害はあっても普通の生活ができる状態にまで回復することができます。

しかし、適切な治療を受けられない場合には、炎症が続くことにより、関節が壊れてしまい、関節としての機能が果たせなくなる(曲げ伸ばしができなくなって固まってしまう)可能性があります。

参考元:あゆみ製薬 リウマチ情報ポータル

三原舞依選手は、病気が発症した当初は、までもが動かせない状態であり、歩くことさえ出来なったそうです!

そのため、スケートを滑ることなんて出来ない状態でしたが、挫折したり、夢を諦めることをするのでなく、下記のように自身を奮い立たせたそうです!


三原舞依,女子フィギュアスケート,難病,克服

病気に負けたくない!

病気をする前の自分を超える!

そして、2週間ほど入院することになり、退院後もスケートでジャンプすることが出来ない日々が5週間も続いたそうです!

しかし、病院での点滴治療をしながら、ジャンプ以外の関節に負担のかからないような筋力トレーニングを中心的に行っていたそうです!

その後、2016年9月、国際大会である「ネーベルホルン杯」が復帰戦となり、なんと技術点トップ優勝を果たしました!

この優勝は、難病と言われる病気と強い精神力で向き合い闘病中に出来る限りの練習を必死に行った凄まじい努力の結果なのだと思います!

この大会で優勝を果たすまでのシンデレラストーリーにより、三原舞依選手は、「氷上のシンデレラ」と呼ばれるようになりました!

スポンサーリンク

【その他の関連記事】
紀平梨花の姉萌絵は歌手?実家はお金持ちで父親と母親の職業は何?
ザギトワの妹とマサルもかわいい【画像】母親と父親の経歴がすごい!
坂本花織の実家はお金持ち?父親の職業は警察官?母親と姉も調査!

三原舞依選手の経歴は?

三原舞依選手の経歴は?ということについて、下記にご紹介していきます!

下記は、これまでの三原舞依選手の経歴となります!

【ノービス時代】
「全日本ノービス選手権Aクラス」3位
「全日本ジュニア選手権」8位
「プランタン杯」優勝

【ジュニア時代】
「アジアフィギュア杯」2位
「全日本ジュニア選手権」2位
「全日本選手権」12位
「ガルデナスプリング杯」優勝
「アジアフィギュア杯」優勝
「JGP J&Tバンカ」2位
「JGPオーストリア杯」2位

【シニア以降】
2016年
「ネーベルホルン杯」優勝
「全日本選手権」3位

2017年
「四大陸選手権」優勝

2018年
「四大陸選手権」2位
「プランタン杯」優勝
「全日本選手権」4位

2019年
「四大陸選手権」3位
「ユニバーシアード冬季競技大会」優勝

引用元:Wikipedia
参考元:日本スケート連盟

上記が、現在(2019年4月11日時点)までの主な経歴となりますが、2017年の「四大陸選手権」では、その当時の自己ベストである「200.85点」で優勝を果たしました!


三原舞依,女子フィギュアスケート,優勝,四大陸選手権

これは、国際大会での合計200点超えは日本人選手としては、「浅田真央」選手、「安藤美姫」選手、「宮原知子」選手に次いで4人目の達成者となりました!

その後も「世界国別対抗戦」では、ショートプログラム自己ベストを更新フリーでは歴代日本選手最高の「146.17点」を叩き出し、自己ベストを「218.27点」に更新しました!

三原舞依選手は、難病を発症した時に決めた「病気をする前の自分を超える!」という目標を見事に達成しました!

スポンサーリンク

まとめ

今回、三原舞依選手について、調べた内容のまとめを下記にご紹介していきます!

三原舞依選手は、小学2年生の時に、テレビで観た「浅田真央」選手に憧れて、フィギュアスケートを始めました!

下記は、三原舞依選手の学歴となります!
出身高校
兵庫県立芦屋高等学校

出身大学
甲南大学経営学部

三原舞依選手が抱えていた難病指定の病気とは、「若年性突発性関節炎」です!

そして、2015年のジュニアシーズンの時期に発症しました!

しかし、「病気に負けたくない!」、「病気をする前の自分を超える!」という強い気持ち、そして、闘病中に出来る限りの練習を必死に行った凄まじい努力の結果、見事に克服しました!

その後、2016年9月、国際大会である「ネーベルホルン杯」が復帰戦となり、なんと技術点トップ優勝を果たしました!

さらに、2017年の「四大陸選手権」では、その当時の自己ベストで優勝を果たしました!

上記のように、難病を強い気持ちや凄まじい努力で乗り越えた三原舞依選手の今後の国際大会、そして、オリンピックでの活躍が非常に楽しみであり、引き続き応援していきたいと思います!

スポンサーリンク