宮原知子の出身高校大学は?経歴が凄い理由は名コーチとの出会い?
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宮原知子選手は、浅田真央選手以来の「全日本選手権」の4連覇という偉業を果たした日本を代表するフィギュアスケート選手です。

なお、コーチにも注目が集まっており、コーチや学生時代から現在までの経歴について、詳しく調べてみました。

そんな宮原知子選手について、出身高校大学経歴が凄い凄い経歴の理由は名コーチとの出会いという流れで、詳しくご紹介していきます。

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宮原知子選手の出身高校大学はどこ?

宮原知子選手は、ジャンプ・スピン・ステップなど全てのエレメンツで非常に安定した選手です。

宮原知子,女子フィギュア,スケートそのため、ミスパーフェクト安心と信頼の知子さんと呼ばれています。

さらに、海外からは小柄な性格からTiny Queenというキャッチコピーで呼ばれています。

そんな宮原知子選手について、Wikiプロフィール出身高校はどこ出身大学はどこという流れで、ご紹介していきます。

もっと詳しく知りたい人へ!

宮原知子選手のWikiプロフィール

宮原知子,女子フィギュア,スケート
名前:宮原知子(みやはらさとこ)
生年月日:1998年3月26日
年齢:23歳(2021年時点)
出身地:京都府京都市中央区
血液型:B型
身長:152cm
趣味:料理・読書・長風呂・本気のウィンドウショッピング
所属:関西大学/木下グループ

参考元:Wikipedia日本スケート連盟

宮原知子選手は、両親の都合により、幼少期から7歳までアメリカのテキサス州ヒューストンで生活をしていました。

そして、ショッピングモールにあったスケートリンクで、両親から「やってみる?」と言われたことがきっかけで4歳からスケートを始め、5歳からスケート教室に通い始めました。

宮原知子,女子フィギュア,スケート,憧れの選手,カロリナコストナーそして、将来の夢は、オリンピックで金メダルを取ることスポーツ医になることであり、憧れの選手は、イタリアのカロリーナ・コストナー選手だそうです。

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宮原知子選手の出身高校はどこ?

宮原知子選手の出身高校は、関西大学高等部です。

宮原知子,女子フィギュア,スケート,高校時代ちなみに、出身小学校は立命館小学校、出身中学校は関西大学中等部です。

この高校は、2010年創立の大阪府高槻市にある施設一体型の小中高一貫教育を提供する私立の学校です。

同じフィギュアスケート選手の織田信成さん・高橋大輔さんは関西大学中等部の卒業生であり、本田真凛選手は関西大学高等部に在学していました。

そして、宮原知子選手は、フィギュアスケートの実力はもちろんですが、学力に関しても非常に高く、中等部時代には外部の模擬試験でも上位に入るほどの学力です。

さらに、すでに英語検定2級を取得、海外遠征時も通訳なしでインタビューを受けています。

そんな文武両道である宮原知子選手の高校卒業時の論文は五輪の魔物論でした。

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宮原知子選手の出身大学はどこ?

宮原知子選手の出身大学は、関西大学文学部です。

宮原知子,女子フィギュア,スケート,大学時代この大学は、1886年創立の大阪府吹田市山手町3丁目3番35号に本部を置く私立大学であり、略称は関大です。

同行のアイススケート部の卒業生には、高橋大輔選手・織田信成選手・町田一樹選手がいます。

宮原知子選手は、関西大学に在学中ではありますが、平昌オリンピックを見据えて、スケートの練習にに集中するため、一旦休学しました。

その後、2018年4月に関西大学2回生として復学をしています。

そして、平昌オリンピック前に、住宅メーカーの木下工務店などを傘下とする木下グループ嘱託契約を結んでいます。

現在は、日本オリンピック委員会の2017-18年度選手強化キャンペーンのシンボルアスリート制度適用選手にもなっています。

上記のように、宮原知子選手のサポート体制は万全ですが、関西大学にはアイスアリーナという練習施設があります。

この施設では、ベテランから若手まで多くのフィギュアスケート選手が練習をしており、宮原知子選手にとっても最高の練習環境だと思います。

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宮原知子選手の経歴が凄い

ノービス時代

2007年「全日本ノービス選手権B」優勝
2008年「全日本ノービス選手権B」優勝

ジュニア時代

2011年「全日本ジュニア選手権」優勝
2012年「全日本ジュニア選手権」優勝
2012年「全日本選手権」3位

シニア時代

2014年「四大陸選手権」2位
2014年「全日本選手権」優勝
2015年「四大陸選手権」2位

2015年「世界選手権」2位
2015年「GPファイナル」2位
2015年「全日本選手権」優勝

2016年「四大陸選手権」優勝
2016年「GPファイナル」2位
2016年「全日本選手権」優勝
2017年「全日本選手権」優勝

2018年「四大陸選手権」3位
2018年「平昌オリンピック4位
2018年「世界選手権」3位
2018年「GPファイナル」6位
2018年「全日本選手権」3位

2019年「ババリアンオープン」優勝
2019年「世界フィギュア選手権」6位
2019年「CS USインターナショナルクラシック」優勝
2019年「中国杯」2位
2019年「ロステレコム杯」4位
2019年「全日本選手権」4位

2020年「ババリアンオープン」優勝
2020年「全日本選手権」3位

宮原知子選手は、平昌オリンピック4位入賞浅田真央選手以来の全日本選手権4連覇という偉業を達成しています。

なお、ジュニア時代に「全日本ジュニア選手権」で2連覇を果たしています。

宮原知子,女子フィギュア,スケート,優勝そして、ジュニア時代の2011年から「全日本選手権」に出場、2014〜17年と4連覇を果たしました。

また、「平昌オリンピック」では、日本女子フリー最高得点である146.44点、総合点でも日本女子の歴代最高得点である222.38点を叩き出しています。

上記のように、現在までの宮原知子選手は、凄い経歴の持ち主だということが分かります。

そして、将来の夢であるオリンピックで金メダルを取ることを成し遂げられる可能性が十分にある技術力精神力が非常に高い選手だと思います。

宮原知子選手の凄い経歴の理由は名コーチとの出会い?

宮原知子選手は、アメリカのテキサス州ヒューストンで4歳からスケートを始め、5歳からスケート教室に通い始めています。

アメリカから日本に帰国してからは、京都在住となり、京都から片道2時間かけて関西各地のスケートリンクに練習のために通っていたそうです。

その当時からの宮原知子選手のコーチは、最初の印象を以下のように語っています。

初めて会った時は、本当に鈍くさくて。オリンピックに行ける選手になるとは思っていなかった。ただ、ひた向きに練習していた。

参考元:中日新聞(CHUNICHI Web)

そんな宮原知子選手の現在の高い技術力精神力を培った名コーチについて、名コーチは誰名コーチとのエピソードまとめという流れで、ご紹介していきます。

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宮原知子選手の名コーチは誰?

宮原知子選手のコーチは下記です。

濱田美栄さん
田村岳斗さん
キャシー・リードさん
岡本治子さん

宮原知子,女子フィギュア,スケート,名コーチ,濱田美栄,田村岳斗しかし、上記の写真のようによく大会での結果発表時に宮原知子選手の隣に座っているのは、濱田美栄さん・田村岳斗さんです。

濱田美栄コーチ

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元フィギュアスケーターで京都醍醐FSCと関西大学アイスアリーナコーチを務めています。現在は、宮平知子選手と同時に、紀平梨花選手や白岩優奈選手など、何十人もの教え子がいる人気のコーチです。

田村岳斗コーチ

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京都醍醐FSCでコーチを務めており、1997年と2003年の全日本選手権では優勝を果たしている元フィギュアスケート選手です。そして、そのルックスからイケメンコーチとしても有名であり、プロスケーターとして、兄弟弟子である荒川静香さん主催のフレンズオンアイスなどのアイスショーにも出演しています。

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宮原知子選手と名コーチとのエピソードまとめ

宮原知子選手と濱田美栄コーチは、宮原知子選手が7歳のときからの付き合いであり、かれこれ10年以上師弟関係です。

それだけ長い間、一緒に練習し、共に戦ってきた2人の絆はとても深いようです。

そして、宮原知子選手の性格は、寡黙で引っ込み思案ではありますが、内に秘めた闘志は熱いものを持っているようです。

指導を始めた当時は、同じ時期にフィギュアスケートを始めた他の選手よりも、小柄な体格であり、運動神経リズム感良くなかったそうです。

しかし、真面目で練習量も多く、黙々といつまでも練習する努力家であり、学校が終わると、毎日まっすぐリンクに向かい、練習をしているそうです。

そのため、濱田美栄コーチは、下記のように高い評価をしています。

とにかく真面目で、一度教わったことは完全に習得するまで諦めないです。できるまで努力し続ける強さがあります。今まで指導した選手の中で一番努力家です。

参考元:女性教師会・金沢【公式】

そして、2017年1月に左股関節疲労骨折という大きな怪我を経験した時は、リハビリ後もケガと体調不良が続いており、濱田美栄コーチから下記のような言葉を掛けられるほどの状態だったようです。

焦らないで、5年後の2022年北京オリンピックを目指しましょう。

参考元:Wikipedia

しかし、そのような絶望的な状況であるにも関わらず、2017年12月の「全日本選手権」で4連覇を達成、平昌オリンピックへの出場を決めました。

濱田美栄コーチは、今回の怪我がきっかけで、宮原知子選手が精神的な大きな成長を遂げたことに対して、下記のように語っています。

スケーティングしかできない状態でも、辛抱強くできることをずっとやり続けるすごさというのを見て、私も勉強になった。

参考元:Wikipedia

そして、宮原知子選手は、濱田美栄コーチについて、下記のように語っていました。

濱田先生がいることで、試合や練習でも自分の安心感や自信にもつながります。大切な存在だと思っています。

参考元:女性教師会・金沢【公式】

上記のように、濱田美栄コーチは教え子ではあるけれど、何事にも諦めずにひた向きに取り組む精神力と努力に最大限に尊敬の念を持っていると語っており、宮原知子選手は、コーチは大切な存在だと語っており、2人の絆は深いことが分かりました。

そんな宮原知子選手は、将来の夢であるオリンピックで金メダルを取ることを成し遂げられる可能性が十分にある選手だと思います。

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